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過去の伝説的なセールスライターたちは、広告をどのように捉えていたのか?

今、僕たちはインターネットがあるのが当たり前の世界に生きています。

そして、セールスライティングを活用して売れる広告を作ることを学んでいます。

でも、最新の知識を学ぶのもいいですが、過去に学ぶことも忘れてはなりません。

なぜ、セールスライターは過去に学ぶ必要があるのか?

なぜなら、過去の知識であっても今もなお、受け継がれている知識というのは、歴史の試練に耐えてきているからです。

大したことのない知識は当然、歴史の荒波に押し流されて消えていく運命にあります。

それに対して、今もなお、残り続ける知識というものは時代が違っても変わることのない普遍的な真実を伝えています。

昔のセールスライターたちは、広告をどのようなものとして捉え、学び、仕事をしていたのでしょうか?

今回は、伝説的なマーケッターでありセールスライターである彼らの言葉から、「広告の本質」について、考えてみたいと思います。

広告は娯楽のために書かれるものではない 。したがって 、娯楽の基準で判断せずに 、すべからくセールスマンを基準とすべきである 。慰安的な目的で広告を読むような人は 、おそらくあなたの望んでいるものからはほど遠いだろう 。このような人を対象にすると 、ついにはセールスマンとしての本分を忘れ 、売ろうとす意欲を失って芸人化し 、拍手かっさいを求めるようになるのがオチである 。『科学的広告法 』クロ ード ・ホプキンズ (誠文堂新光社 、 1 9 9 6年 )

この言葉は本当に毎日、繰り返し見返すぐらいがちょうどいいと思います。

僕も長いことセールスライターをやっていますが、セールスレターを書いているとついつい、相手から拍手をしてもらいたいエゴ(自己愛)を自分の心の中に発見する瞬間があります。

「すべての広告はセールスマンシップを基準に書くものである」ということを肝に命じましょう。

人々に行動を起こさせる広告を書くのは 、読み手の知性に変わらぬ敬意を払っていて 、売ろうとしている商品のメリットと真剣に向き合っている人である 。バトン ・バ ートン ・ダースタイン &オズボ ーン ( B B D O )社共同創設者ブル ース ・バ ートン

これも改めて、ハッとさせられるような言葉です。

僕たちセールスライターは知識がつけばつくほど、スワイプファイルなどの道具を手に入れれば入れるほど、それらを使いたくなってしまいます。

でも、それはとても危険なことです。

なぜなら、それらの知識や道具は「読み手」と「商品」の架け橋となるものに過ぎないからです。

僕たちセールスライターは「読み手」と「商品」との間に橋をかけて、お互いが自由に行き来できるようにするために知識を学び、道具を手に入れているのです。

セールスレターを書く時は常に「読み手」と「商品」と真剣に向き合っていきましょう。

良い広告とは 、広告自体に注意を引きつけないで 、商品を売ることのできる広告である 。広告は 、読み手の注意を商品に集中させなければならない 。自分の技巧をうまく隠すのが 、プロの広告エージェントの責務である 。 『ある広告人の告白 [新訳 ] 』デイヴィッド ・オグルヴィ (海と月社 、 2 0 06年)

この言葉もしびれますね。

広告は主役ではなく、あくまでも裏方です。

ただ単に読み手の注意を引くことを考えるのではなく、読み手の注意を商品そのものに集中させること。そして、その技巧をうまく隠すこと。

僕はこの言葉に勝る「良い広告」の定義を知りません。

まとめ

「良い広告」とは何か?

人それぞれ「良い広告」の定義は違いますが、セールスレターを書く上では、自分なりの定義を持っておくことはとても大切なことです。

なぜなら、その定義こそが、あなたが生み出す、すべてのセールスレターの基準となっていくからです。

早瀬に打ち込まれた1本の杭のように、または、船の錨のように、自分自身を支える基準を持って、セールスレターを書いていきましょう。

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